松本隆のプロフィール
名前:松本隆(まつもとたかし)
生年月日:1949年7月16日(66歳)
出身地:東京都港区
学歴:慶応義塾大学商学部中退
職業:作詞家/ドラマー/音楽プロデューサー
父が大蔵省の官僚で、小・中・高と慶應義塾の学校に通っていたというエリートな松本さん。
ビートルズのファンだったことは周知の事実で、若いころに病気で妹を亡くしていることなども彼の作風に影響を与えているといわれています。
経歴は?
時代を感じます!!
このロン毛のお兄さんたちはエイプリルフール!
1968年に結成されたこのバンドで、常に本を持ち歩いていた松本さん。文学青年のようなその姿に、バンドメンバーの細野晴臣さんから詞を書くよう勧められたのが作詞を始めたきっかけだったそうです。
その後大滝詠一や細野晴臣らとともにバレンタイン・ブルーなるバンドを結成し、のちにバンド名をはっぴいえんどに変更します。こちらの名前のほうが知名度が高そうですね!
その後は作詞家兼音楽プロデューサーに転身し、オリコンシングル総売り上げ枚数4,983.8万枚を誇り、作詞家としては日本歴代3位の記録を持っています。
手掛けた作品はC-C-B/竹内まりや/松田聖子/加藤ミリヤなどなど、
シングルで1位を獲得した作品は52曲もあります!
結婚や妹について!
現在66歳の松本隆さんですが、娘さんがいらっしゃるようで、結婚も一度経験されたようです。
バツイチになってから再婚したかどうかは不明ですが、多才な魅力があふれる人なら、引く手あまたなのではないでしょうか??
松本さんの代表作と言える作品のなかに、大瀧詠一さんのA LONG VACATIONというアルバムがありますが、このアルバム、1980年7月に発売予定だったそうです。
当時を詳しく覚えているファンならば、1981年の3月にリリースされたということを覚えているかもしれません。
このアルバムの制作時期がずれたのは、松本さんの妹が病気で倒れた時期と重なったからだそうです。
発売日が決定し、制作にとりかかろうとした直後、松本さんの妹が心臓の病に倒れます。そして松本さんは大滝さんに、他の作詞家でアルバムを作ることを進めたそうです。
でも、大瀧さんはどうしても松本さんの作詞がいいから、気長に待つと言ってくれました。
しかし、妹さんはその数日後に息を引き取ってしまいます。
A LONG VACATIONがオリコン初のミリオンセールスを達成したのも、松本さんのつらい経験と大滝さんとの友情から生まれた作品が人の心を打ったからなのかもしれませんね!
松田聖子の歌詞がいい!
松田聖子の専属の作詞家が松本隆さんであることは有名ですね!
赤いスイートピーなんて、40代50代女性がカラオケで絶対歌ってるのではないでしょうか?
ちなみに赤いスイートピーや渚のバルコニーなど、ヒット曲の多くは作詞が松本隆、作曲が呉田軽穂(くれたかるほ)という人ですが、この、呉田軽穂ってユーミンの事だって知ってましたか!?
この方、松任谷由実さんも日本を代表するミュージシャンですよね!作曲や作詞をするときは、呉田軽穂というペンネームを使うこともあるそうです。
松本隆さんが手掛けた松田聖子の曲の歌詞は、言葉の天才という松本さんの持つ異名を不動のものにした作品ばかりです。
風景の一部を切り取って宝石に例えたり、風をつかった心理描写が特徴的な松本隆さんのスタイル。
1981年7月にリリースされた白いパラソルの歌詞には、
‘涙を糸でつなげば 真珠の首飾り 冷たいあなたに 贈りたいの’
恋人と海に出かけた女性が、彼氏の冷たい態度に悲しくなってしまうという内容の歌詞ですが、女性の涙をこれだけきれいに表現した歌詞は他に類を見ないのではないでしょうか?
‘青空はエメラルド あなたから誘って 素知らぬ顔はないわ あやふやな人ね’
誰もがはしゃいで楽しそうなビーチが目に浮かんだあと、寂しげな女性の表情が浮かびます。女性の水着姿がまぶしくて、彼はついそっけなくしちゃったのでは?
甘いだけじゃない、恋の切ない部分をシンプルな言葉で表現されてます!
こんな詩集も出しているんですね!
昭和のアイドルって本当に清純で、トイレにもいかないし焼き芋も食べないってイメージがあります。松田聖子がこれほどのスターダムにのし上がったのは、彼女のカリスマ性と、松本隆さんの天才的な歌詞があってこそだったのかもしれません。
10月30日のNHKで放送される「SONGS」はスペシャルです!
作詞家として45周年を迎えた松本隆さんが、名作の誕生秘話などを語ってくれるということで、アラフォー世代必見ですね!