真田丸39話!明石全登(小林顕作)を調査!その人生についても!

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九度山での平凡な生活が描かれた今回のお話。

春のめんどくさい嫉妬も、見ていてほほえましいものでした。

偉大な父・昌幸が亡くなり時が過ぎ、信繁の息子・大助は立派な若者に成長しました。

今回の真田丸は嵐の前の静けさといったところでしょうか?

ラストシーンに現れた明石全登という武将や、それを演じる小林顕作さんについても調べてみました!

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真田丸39話のあらすじ

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※ネタバレしてます!

信繁(堺雅人)たちが九度山に流されてから10年が経ちました。

昌幸が64歳で亡くなり、信繁は、父が残した兵法をまとめた書物を信之(大泉洋)に差し出しました。

しかし、その内容は凡人には理解できない記号の羅列で、兄弟は二人そろって頭をひねりました。

信之は信繁たちの家族を前に、再び赦免を申し出ると約束すると、信繁たちは首を横に振ります。

「10年もここで暮らしているのでここでの暮らしがすっかり身に染みています」

信之は大名として、信繁は九度山の村人としての暮らしが板についていたのでした。

兄弟で酒を酌み交わした夜、信繁はあるお願いをしました。

「ここでの暮らし、借金がかさみ、生活が苦しい状況です」

昌幸が存命だったころ、昌幸の暮らしぶりを豊かにするために無理をしていたツケが回ってきた。

九度山での生活が苦しいという状況を信之に告げると、信之はなんとかしようと約束してくれました。

北政所は出家して、高台院となりました。

信之は高台院から家康に、信繁たちの赦免を口添えしてもらうように京へ足を運びますが、信之が京へ足しげく通った理由は、それだけではありません。

高台院のいる屋敷に住む女・小野お通に合うことが目当てだったのです。

「それがしがここを訪れる理由は、それだけではないのです」

信之が「また、参ってもよろしいですか?」と告白すると、お通は快諾しました。

江戸では、家康が大名たちの家族を住まわせ、大名たちに定期的に顔を出すよう命じる参勤交代の原型ができあがっていました。

慶長19年(1614)大助は元服し、立派な若者に成長していました。

信之は九度山に、蕎麦を送り続けました。

「ひもじい思いはさせないという約束は、こういうことだったのか」

九度山の面々は、毎度信之から届く品が蕎麦であることに辟易していました。

子供たちには米を食べさせたい。そう言う春の言葉に、信繁は頭を悩ませます。

信繁たちは村長である長兵衛の屋敷で蕎麦がきを売り始めます。

「信州名物の蕎麦!京や大阪だと20文はするところを、いつもお世話になっている村の方々には10文で売ります!」

しかし素人に商いは難しく、蕎麦がきは思うように売れません。

ルソン(フィリピン)から豊臣秀次の娘、たかがやってきました。

九度山の真田屋敷で信繁を認めた瞬間、たかは信繁に抱き着き、再会を喜びました。

たかは秀次の妻や子供たちが次々に命を奪われたとき、信繁が自らの側室にしてかくまい、ルソンへ逃がした娘だったのです。

たかはルソンにわたり、商人としての地位を確立していました。

ルソンから持ち帰った珍しい品々を披露し、信繁はその中の一つに目を止めました。

「これは?」

「サナールっていって、すごく頑丈なの。伸び縮みしないから」

信繁はすぐにその構造を理解し、きりと春に作らせることにしました。

「これを、サナール紐ならぬ、真田紐として売る」

その紐の頑丈さは、佐助が天井にひっかけ、ぶら下がっても切れることがないほどの強さでした。

信繁は真田紐をもって村長の元に出むき、商談を持ち掛けました。

真田紐の作り方を指南するから、製造し、売り歩いてほしい。

信繁はそのための条件を提示しました。

・必ず「真田紐」という名前で売り歩くこと

・手付として銭五貫を支払うこと

・売り上げの一割を真田家に支払うこと

その条件を聞いた村人たちは、真田紐を売り歩くことを決めました。

信繁は手付金で手に入れた高価な食べ物を家族にふるまいましたが、食卓に大助の姿が見えず、探しに行きます。

大助は、碁盤を前に黙りこくって座っていました。

内記が囲碁を教えてくれていたのですが、どうしても勝つことができずに自信を無くしているようでした。

信繁は大助の前に座り、「囲碁を教えてくれ」と頼みます。

すると、暗い表情をしていた大助が、父に囲碁を指南するうち明るい表情に変わっていきました。

家族が楽しそうに久しぶりの宴を楽しむ様子をほほ笑みながら縁側で見ていた信繁の元に、ある人物が現れました。

「左衛門佐様をお迎えにあがりました」

そう言って顔を上げたその男は、元宇喜多秀家家臣明石全登と名乗りました。

感想や視聴率!

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よかった。 きりと春。 春の焼きもちも微笑ましいし、障子に穴あけるのもお約束で面白いし。貧乏一家を支えるのも楽じゃないよね。 そんな繊細な春の相談役として、さらには信繁のある意味軍師として常にそばにいるきり。頼もしい。

仲間としての結束を固めるための一番の近道は共通の敵を作ることといいますが、突然ルソンから現れたたかに嫉妬心を燃やす春が、きりの良さに気づいてよかったですね!

真田丸39話の視聴率は16.6%でした!

明石全登役の小林顕作について

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名前:小林 顕作(こばやし けんさく)

生年月日: 1971年4月9日(45歳)

出身地:東京都

サイズ:身長・166cm

学歴:日本大学藝術学部

職業:俳優/声優/演出家/脚本家/ダンサー

所属事務所:株式会社グラート

特技:ギター/ブルースハープ

この人は本当に多彩な人で、NHKの子供向け番組「みいつけた!」に登場するオフロスキーというキャラクターはとても有名ですね!

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「よんだ?」

の一言から始まり、おしぼりでペンギンを作ったり、バナナでいるかを作ったりするオフロスキーは、子どもたちの人気者です!

小林顕作さんはオフロスキーとして子供たちを夢中にさせるだけでなく、番組の中で流れる曲の作詞作曲を担当することもあるようです!

プライベートでは2014年に生まれた子供が2歳だということも明かしていて、3人のお子さんを持つパパだというのだから驚きです!

上の子はもう高校を卒業しているというので驚きました!若く見えますね!

俳優や声優としても活躍している小林さんは、プライベートではネット断ちをして子供たちとの時間を大事にしているそうです!

そんな小林さんがオフロスキーという面白キャラから一転して、シリアスな雰囲気をまとって登場した明石全登という人物。

謎が多いといわれている明石全登さんとはどんな人物なのでしょう??

明石全登とは?

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凛々しいですね!「信長の野望」というゲームにも登場する人気の武将です!

関ケ原の戦いでは、宇喜多の軍8000名を率いて福島正則の軍と戦った明石全登という武将。

出生も、没年も不明なんです。

関ケ原の戦いでは、小早川秀秋の裏切りがなければ、明石の軍は勝っていたのではないかといわれています。

関ケ原の戦いで石田三成の軍勢が敗れ、行方の知れなくなってしまった宇喜多秀家が没落すると、明石全登は母方の血族である大名・黒田如水の元で庇護を受け、その後1614年大阪夏の陣では、豊臣方に立って戦に参戦しました。

1615年の夏の陣では伊達政宗らとぶつかった明石全登でしたが、天王寺口で味方が敗退したのちは、戦線を離脱して消息不明になったといわれています。

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