おんな城主直虎10話!菜々緒演じる瀬名姫(築山殿)の生涯について!


出典元:http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story10/


3月とは思えない寒さですね!

前回のお話の最後で奥山のジイさんと政次が大変なことになってました!

嫌われ者の小野がついにつぶされてしまうのかとヒヤヒヤしましたが、竜宮小僧が頑張ってましたね!

おんな城主直虎10話のあらすじや、築山殿の生涯についても調べてみました!

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おんな城主直虎10話のあらすじ


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※ネタバレしてます!

政次(高橋一生)が奥山朝利(でんでん)に襲われ、返り討ちにしてしまいました。

龍潭寺に傷ついた政次をかくまうことにした次郎(柴咲コウ

現場を見た直親(三浦春馬)は壁や床についた刀傷や、凶器の脇刺が奥山の物であったことから、奥山が刀を抜き政次に襲い掛かったと推理します。

奥山孫一郎は小野を討つと息巻いていましたが、小野の名代としてなつ(山口沙也加)が現れて頭を下げました。

「亡き殿さまは、井伊と小野の架け橋になってほしいと言って下さいました。なにとぞ、わたくしに、お役目を果たさせてください」

小野は何の咎めもなしということになりました。

次郎は縁側に座っていました。

「もっと我が心を配っておれば」

先輩坊主が言いました。

「日々是好日ですよ次郎。良い日も悪い日も、かけがえのない一日です。降りかえってみればこの日も」

「今日を限りに、かようなことがもう起こらなかったと言う日、ということですね」

翌日、次郎は川名に行きました。

そして元々小野嫌いだった隠居にこう吹き込んだのです。

「政次は亡き奥山殿を怖がり、写経を始めたそうですよ」

「小野は肝っ玉が小さいな!」

「それゆえ、もう小野が裏切ることはないでしょう」

次に小野の館に出向いた次郎は政次に、写経を始めろと言いました。

「何故そのようなことを」

次郎は政次に「奥山の霊が寺をうろついていた」とうそぶきます。

政次はその夜から、写経を始めます。

政次が写経を始めたという噂はあっという間に広まり、小野に対する井伊の者たちの心も和らいでいくようでした。

直親に、待望の嫡男が誕生しました。

名前は虎松と名付けられ、祝いの宴が行われます。

宴の席に政次が現れました。

皆が鋭い視線を政次に注ぐなか、政次が祝いの品として虎松に差し出したのは、小野の所領でした。

それもただの所領ではなく、天分13年に今川が直満から取り上げて小野に与えた所領です。

皆の視線が和らぎ、直親は政次に、改めて礼を言いました。


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岡崎城を守っていた松平元康が、ついに今川に反旗を翻しました。

瀬名姫(菜々緒)は幽閉され、子供たちと引き離されてしまいます。

次郎は駿府の今川館に向かい、寿桂尼に命乞いをします。

「では、岡崎に参りなされ、そなたの働きにて元康が和睦に応じれば、褒美に瀬名と子の命は助けましょう」

「そんな、無茶な」

「できぬなら、話にならぬな」

「わかりました」

次郎が腹を決めたちょうどその時、使者より、上ノ郷城が松平の手に落ち、鵜殿長照が自害したと報告が入ります。

寿桂尼の表情が一変しました。

鵜殿長照は寿桂尼の孫でした。

「瀬名に引導を渡してまいれ」

次郎は瀬名の幽閉された部屋に通されました。

まもなく、使者が文を差し出します。

「明日、龍泉寺にて、ご自害いただくこととあいなりましたので」

瀬名は背を向け去っていく使者に叫びます。

「お待ちくだされ!どうか竹千代と亀姫だけは!どうか!どうかお慈悲を!」

翌朝、南渓和尚が今川館の門前につくと、瀬名が門から出てくるところでした。

男たちが脇を固める瀬名を、追いすがるように次郎が引き留めます。

「我は引導を渡すよう仰せつかっておる!まだ経を読み終えておらぬのじゃ!念を払わねば今川館に雷が落ちるやもしれぬぞ!」

立ちはだかる次郎を振り払った男が刀を振りかざしたその時、今川館に向かって走ってくる男の姿に皆が気づき手を止めました。

感想や視聴率!


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もしかしたら(と言うより恐らく)、これが最後の友情シーンかもしれないが、
昨日の「鶴」と「亀」と「おとわ」に戻ったシーンにグッときました。
彼らにとっても束の間の幸せな、心安らかな時間だったのでしょう。
願わくは、これがいつまでも‥と思いながらも、既に来週の不穏な予告が‥。

3人の友情シーンもイイですが、なつがいてくれなかったら、政次は立ち直れなかったでしょうね!

なつが政次と結婚すれば、もっと小野への視線が和らぐような気がします!

おんな城主直虎10話の視聴率は12.5%でした!

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菜々緒演じる瀬名姫(築山殿)の生涯


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歴史の中では悪女とされる描写の多い瀬名姫(築山殿)。

悪女イメージの強い菜々緒ちゃんがキャスティングされたのもイメージあっての事でしょうね!

産まれは1542年。今川家の重臣である関口長親の娘として産まれた瀬名姫。

1557年には松平元康(後の徳川家康)と結婚し、松平信康と亀姫の一男一女に恵まれます。

1560年に今川義元が桶狭間の闘いで敗れると、松平元康は瀬名姫を今川に残したまま今川に反旗を翻します。

1562年には織田信長と松平信康が同盟を組みましたが、岡崎城に入城しようとした瀬名姫と子供たちを、姑にあたる於大の方が拒んだと言われています。

1567年には、息子の信康が織田信長の娘の徳姫と結婚します。

この後嫁姑のバトルが繰り広げられたのでしょうか??

1570年にやっと岡崎城への入城を許された瀬名姫でしたが、それから9年後、織田信長の手によって瀬名姫は命をうばわれ、息子の信康までも切腹すると言う最期を遂げることになってしまいました。

親類関係にあった瀬名姫の命を奪うには相当な理由がいるはずですよね。

その理由とされているのが、信康に嫁いだ信長の娘・徳姫による告げ口だと言われています。

家康の家臣だった大久保彦左衛門が記した三河物語によると、徳姫は女児しか授からなかった自分を瀬名姫が冷遇したため、信長に告げ口したと記されているようです。

徳姫によって記された「十二箇条の弾劾文」には、築山殿が自分をさげすむ・築山殿が浮気をしている・築山殿は武田と組んで織田に謀反を起こそうとしているなど、信長が黙って見過ごせないような内容を記したと言われています。

歴史上は悪女のイメージがある瀬名姫ですが、これだけ見れば徳姫のほうがよっぽどやな奴ですよね!

姑が気に入らないからって日本一おっかない武将だった父・信長に告げ口して命まで奪ってしまうんですから。

瀬名姫はこの文のせいで織田の家臣・野中重正によって命を奪われ、息子の信康はそれから約半月後に切腹しています。

何も夫の命まで取らなくてもいいのに!

徳姫恐ろしすぎます!!

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