おんな城主直虎7話!竹千代(徳川家康)と今川義元の関係は?


出典元:http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story07/

今回の亀はゲスい!

鶴に責任押し付けて無茶ぶりして、嫌われてもしょうがないことばっかりしてましたね!

おとわ(次郎法師)も亀のことばっかり心配してるし、鶴が屈折していく過程をありありと見せつけられました!!

おんな城主直虎7話のネタバレを含むあらすじや、竹千代(のちの徳川家康)と今川義元の関係についても調べてみました。

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おんな城主直虎7話のあらすじ


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※ネタバレしてます!

次郎法師(柴咲コウ)は幼少の夫婦約束を断りました。

直親(三浦春馬)は奥山の娘、しの(貫地谷しほり)と祝言を挙げました。

今川義元から、検地をやり直すようにふれが出ます。

すると川名の隠居、直平(前田吟)が立ち上がりました。

「川名を検地など!そんなことしようものなら血の雨が降るぞ!」

その様子を不審に思った直親が直盛に聞くと、川名に隠し里があるという事実を告げられます。

「殿、それがし、隠し里を一度見に行ってもよいでしょうか」

早速直親は、直平に伴い隠し里に足を踏み入れました。

森を抜けるとそこには広大な田畑が広がっています。

直平は、時代が変わっても井伊が存続し続けるにはこの地が大事なのだと語りました。

「ここは井伊の最後の砦なのじゃ」

直親は忙しく、家にまったく寄り付きません。

直親は龍潭寺に行き、次郎に頼みました。

「検地に来る今川の役人について知りたい。次郎様には子供のころより今川館に出入りしている友がいるとのこと。その方に聞いてみてはもらえないだろうか」

次郎は早速瀬名姫に文を送ります。

小野但馬守政次(高橋一生)の指揮のもと検地の準備が進められていき、直親は隠し里の隠ぺい工作を行っていました。

次郎は不安に思っていたことを直親に聞きます。

「政次は……政次が今川に隠ぺいのことを話してしまったら?」

「政次は、俺と同じところがあると思うのだ……おのれの父親のようにはならぬと。そこに賭けてみようと思う」

直親は政次の館に向かいました。

差出を改めた政次。

「隠し里の分が……欠けておりますが」

直親は「川名の隠し里は隠しておきたい」と願い出ます。

鶴(政次)の立場が苦しい事を理解したうえで、隠し里の差出を今川に差し出すかどうかは鶴が決めてくれ。

直親はそう言って川名の差し出しと隠し里の差し出し、二つの冊子を置きました。

政次は結局、隠し里の差出を懐深くにしまい込みました。

今川から検地奉行の岩松(木村祐一)がやってきました。

縄で田畑の寸法をしっかりと測る岩松はニコリともせず終始しかめ面で、すすめられた酒も断ります。

夜、直親の不安そうな顔を見た次郎は小野の屋敷に駆け込み、「どうか亀(直親)の味方をしてやってほしい」と頭を下げました。

「亀に言われてきたのか?」

「違う、我は亀のためと思い、勝手に来たのじゃ」

「じゃあ還俗して俺と一緒になるか?」

「ええっ?」

「次郎様は俺の立場では物を考えてくださらぬお人じゃな」

鶴は二度も好機を逃したと言い、追いすがる次郎を振り払い部屋にこもってしまいました。

翌朝、次郎がうたたねしている間に政次や直親たちは川名へ発ってしまいました。

「次郎、探したぞ、駿府で急ぎ渡してほしいと頼まれての」

南渓和尚は瀬名からの文を次郎に渡しました。

それをひったくるようにして読んだ次郎は馬に乗り、川名に走ります。

川名では、異変を感じた岩松がいともたやすく隠し里を見つけてしまいました。

「これはこの井伊の里ではないのか?」

「まさか、我らをたばかろうとしたのではあるまいな!」

「この里は、井伊の里ではございませぬ!な?但馬(政次)」

懐に潜ませた隠し里の差出を握っていた政次は、手を離します。

「ここはかつて、南朝の皇子様が隠れ住んでおった場所。ゆえに井伊の領地にありながら、井伊の領地にあらずという里でございます」

「心得申した」

岩松は表情を変えずに里から馬のいるほうに向かいます。

すると、頭を下げて待つ次郎に目を止めました。

「このお方は?」

「龍潭寺の僧にございます。駿府の瀬名姫より、本日は岩松様の奥方様の月命日と伺い、きっとご供養がおできにならなかったのではと思い……私でよければ経などをあげさせていただければと」

次郎が経を読み上げると、それまで全く笑わなかった岩松が、笑みを浮かべました。

「これは、妻も喜んでおりましょう」

直親としのは、祝田村に移ることになりました。

「目と鼻の先に次郎がいるのは、しのにとっては酷じゃろう」

その後、小野政次の弟である玄播に奥山の次女が輿入れすることとなりました。

そして駿府でも、三河のぼんやり(のちの徳川家康)と瀬名の祝言が挙げられていました。

「身に余るお話でございます」

「ええ、わたくしも、身が余っておりまする」

感想や視聴率!


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確かにツル、カメのせいで損してばっかり。

鶴の立場になって考えたら散々ですよね。

子供の時はおとわとの結婚話が立ち消えになり、大人になってから奥山の娘との結婚話も亀の帰参で消えるし、踏んだり蹴ったりです。

も~!全部アイツのせいだ!!

ってなりますよね。

目付け役の小野は、井伊を守る立場なのに井伊の中で嫌われてるってことですもんね。

おとわにスネて見せたくなる気もわかります!

おんな城主直虎7話の視聴率は12.9%でした!

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竹千代は今川義元に優遇されていた?


出典元:http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story06/

駿府の今川屋敷で囲碁をしたりすずめと遊んでいる変わり者の竹千代は、のちの徳川家康です。

彼は三河の城主である松平広忠の嫡男として生まれましたが、三河の両側に領土を拡大している今川と織田に挟まれ、勢力が弱くなっていた時代に生まれたのでした。

松平氏がどちらかの大名に頼らなければ存続の危機になるというほど弱体化した時、選んだ大名は今川義元でした。

今川義元は松平家を守る代わりに人質として竹千代を差し出せ命じました。

井伊の瀬名姫と竹千代は似たような立場だったんですね。

しかし松平家の家臣である戸田康光が織田に寝返り、6歳の竹千代を織田の屋敷に連れて行ってしまいます。

今で言う誘拐事件のようなものでしょうか。

織田家は松平家に、竹千代の命を引き合いに出して言いました。

「竹千代は預かった。織田に味方せよ」

普通ここで「わかりました!」ってなりそうなもんですが、松平氏は「今川に忠誠を誓ったのだから、織田には味方しない!」と言い張ったそうです。

6歳の竹千代は織田信長の父によって命を奪われそうになりますが、聡明な竹千代を不憫に思った織田方は、刀をさやにおさめ、2年ほど織田家の人質として養ってあげたのだそうです。

もうこのころから人たらしの狸おやじという片りんを見せてますね!

2年後、8歳で今川の館に移動することになった竹千代は、今川義元にかなり気に入られていたと言うエピソードがあります。


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それは、かんしゃくを起こした竹千代が、今川義元の目の前で小便をまき散らした時、今川義元が大笑いして「この子は大物になる」と太鼓判を押したというもの。

太守様に向かって小便をまき散らすなんて、うち首モンですよね!

その後竹千代の教育係として今川家一の軍師である雪斎が選ばれ、人質としてはかなり厚遇されていたと史実にはあるようです。

後に家康は今川家を裏切ることになりますが、裏切りの伏線として「今川からひどい扱いをうけた」と周りに吹聴したと言う記録もありますが、その当時から根回しをしているところを見ると、こういう人間が上に立つのは世の常なのかな・・・・・なんて思います。

こういう人、会社にも社会にもいますよね。

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