真田丸42話!大阪五人衆や後藤又兵衛の史実についても調査!

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九度山を脱出して老人に変装し大阪城入りした真田幸村。

いよいよ戦が始まるのかと期待していたら、まだまだ大阪城に集った牢人(浪人)たちの人間模様を描く回が続きそうですね。

大阪五人衆と呼ばれる兵たちがそろった今回のお話し、中でもひときわ目立っていた後藤又兵衛基次についても調べてみました!

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真田丸42話のあらすじ

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※ネタバレしてます!

豊臣と徳川の戦が迫る中、幸村(堺雅人)は九度山を脱出し、大阪城に入りました。

「必ずまた会えると思っていましたよ」

茶々は14年ぶりの再会をとても喜んでいました。

そこへ、信長の弟・有楽斎(井上順)が顔を出します。

「ごめんつかまつります」

有楽斎は現在の茶々の相談役です。

「三河の田舎侍の好きにさせてはなりませんよ、真田殿」

有楽斎はそう言って幸村にほほ笑みます。

豊臣家を慕って集まった牢人たちにとって、真田幸村は人気の武将です。

有楽斎は真田を頼りにしていると幸村の前では言っておきながら、幸村が部屋を出ていくと、茶々にこう言いました。

「牢人たちの人気は高いほうだ、使いようですな……」

驚きを隠せない茶々に、大蔵卿局が言いました。

「あまり真田をあてにしてはなりませんよ」

大野修理は幸村を広い一人部屋に通します。

しかし、牢人たちの多くは、相部屋を強いられていました。

幸村は秀頼の意向で特別扱いです。

大助は幸村の部屋を訪れ、二人で天守閣を見上げました。

「天にも届きそうですね」

「太閤様が築かれたのだ」

「太閤様はどんなお方でしたか?」

「あの天守よりもっともっと大きいお方だった」

そこへ、後藤又兵衛(哀川翔)と毛利勝永(岡本健一)がやってきました。

「どれだけの戦上手か知らぬが、後から来たものに大きな顔をされては困る」

「大きな顔をしているわけではござらぬ」

「秀頼公にも会ったようだな」

又兵衛が幸村に食って掛かります。

「なぜおぬしだけ一人部屋なのだ」

「私が望んだことではない」

「いや、わしも一人部屋だが」

毛利勝永も一人部屋だと言い出します。

「これでも一万石をろうした大名だったのでね、主とは格が違うのだ」

勝永の言葉で又兵衛の怒りに火が付き、幸村を差し置いて二人はケンカを始めました。

結局幸村は、長曾我部元親の息子・盛親との相部屋に。

家康の耳に、真田が大阪城入りしたという知らせが入ります。

「真田というのは、安房守か!」

「大御所様、安房守はもうすでに亡くなっております」

うろたえる家康は、すぐに大阪へ出陣するよう命じました。

「わしは、真田という名を恐れているのだ」

「左衛門佐ごときでうろたえてどうなさります」

阿茶局は弱気になっている家康に喝を入れます。

「先々の不安の芽は、摘んでおくに限ります。千姫様はどうとでもなります。姫を返せば、秀頼の命は助けると言ってだまし、千姫を取り戻したら、一気に攻め滅ぼせばいいだけのこと」

信長も秀吉も、もっとひどいことをしてきたのだ。

この乱世を終わらせるためには必要なこと。

阿茶はそう言いました。

江戸の徳川秀忠(星野源)は、14年前に関ケ原の戦いで遅刻したことを思い出し、今回は遅れまいと心に決めていました。

そこへ、正室の江(新妻聖子)がやってきました。

江は姉である茶々の身を案じていたのです。

真田信之(大泉洋)が秀忠の元を訪れました。

二人の息子が参戦するための挨拶でした。

秀忠率いる五万の軍勢は、大阪に向けて出陣しました。

その後、幸村が大阪入りしたという知らせが信之の耳に入ります。

「名を変えおった……わしが捨てた「幸」の字をひろいおった」

信之は、幸村の手によって烏合の衆だった牢人たちが一つにまとまることを恐れました。

堀田作兵衛が、佐助の知らせを聞いて大阪行きを決めます。

こっそりと屋敷を出ようとした作兵衛を、門前で信之が引き留めます。

「どうしても行くというなら、わしを倒していけ」

信之は刀を抜き、作兵衛も長刀に手をかけました。

二人の剣は何度も空を切り、ぶつかり合い、ついに作兵衛の手から長刀を払いのけた信之は、刀を作兵衛の喉元に突き付けます。

その時、信之の手首が突然しびれだし、剣は地面に落ちてしましました。

「ありがとうございます!」

作兵衛が信之に頭を下げて、荷物を拾って去ってゆきます。

「待て!違う!違うのだ!」

信之は去ってゆく作兵衛の背中に向かって叫び続けました。

秀頼は、千姫を幸村に引き合わせていました。

「千姫は徳川秀忠の娘。しかしながら、豊臣に忠義を誓うと言ってくれた」

秀頼の言葉を聞いた千姫は、顔色を変えました。

思いもよらない言葉を聞いたかのような表情でした。

その表情の変化を、幸村は見逃しませんでした。

その後行われた軍議では、牢人たちの各々の主張が激しく、総大将を決める下りになっても話はまとまりませんでした。

そこで幸村はある提案をします。

10万の兵を二つに分け、各々に大将を置く、そして、その二つの総大将は秀頼公に勤めていただく。

今後の軍議は、真田・後藤・毛利・長曾我部・明石の五人衆で行う。

幸村の提案でやっと、軍議はひと段落つきました。

感想や視聴率!

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『真田丸』で織り成す人間模様、多面的歴史観、素直な面白さは、かっての大河ドラマと比べて秀逸。戦国時代としては「戦いのシーンが少ない」のに、ここまで歴史への興味を惹き付けるのは見事!

豊臣秀頼の言葉を聞いた直後の千姫がいい表情してましたね!

真田丸42話の視聴率は13%でした!

後藤又兵衛基次とは?

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真田丸の中では哀川翔さんが演じている後藤又兵衛基次。

家康を倒した武将だという伝説もありますね!

彼はただただ軍議の中でよく自分を主張する我の強い男に見えましたが、史実では、真田幸村に肩を並べるほどの名将だったようです。

1560年に播磨国(現在の兵庫県)で生まれた又兵衛は、幼いころに両親を亡くし、哀れに思った黒田官兵衛に引き取られて育てられました。

黒田官兵衛は、息子の長政よりも、知力も武力も長けた又兵衛をとてもかわいがったと伝えられています。

そんな又兵衛は、実は関ケ原の戦いでは徳川率いる黒田長政の元で西軍と戦っています。

しかし、関ケ原の戦ののち、長政との確執のために国を捨て、諸国を放浪していたため、秀頼に招かれて大阪城に来たと伝えられています。

その武勇を買った徳川家康が、播磨一国五十万石を与えるから寝返るように。と誘いをかけたほどの武将だった後藤又兵衛。

しかし、慶長20年5月6日の道明寺での戦で、仲間の援軍を待たずに伊達政宗率いる軍勢と一線を交えます。

小松山を占拠した後藤又兵衛は自らの軍の10倍もの軍勢を相手に、濃霧の中戦いを続けますが、開戦から8時間が経過したころ、鉄砲隊に胸を撃ち抜かれて絶命したといわれています。

死を覚悟した又兵衛は従者に自らの首をはねるよう命じたそうですね……。

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公私ともに勇ましすぎる哀川翔さん以上にこの役が似合う人はいないでしょう……

勇ましすぎてついていけません。

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